投稿先を決める基準について、観念的な説明

榊原は低温の物性研究(理論)を行っているので,基本的には

Physical Review B (略称:PRB )

への投稿を目指して研究しています.実際,自身の論文のうち半数がPRBにて出版されています.ただ,普段よりも顕著な[1]成果が得られた場合は

Physical Review Letters (PRL)   【約4ページの長さ制限あり】

Physical Review X (PRX)   【オンラインのみのオープンアクセス.長さ制限なし】

Physical Review Research (PRR)   【同上】

などへの投稿を試みます。PRLは物理学の専門誌[2]としては歴史も伝統もあり、採択基準の高さも最高級です。幸いにして、PRLには過去に3本採択されましたが、残念ながらPRXへは採択されたことはありません[3]。PRL、PRXで出版できれば最高ですが、まずはPRB、PRR(とPRM、追記で説明)の採択を増やしていきたいです。野球で例えると、スタンド中段や場外に運ぶホームラン(PRL、PRX)は清々しいですが、スタンドギリギリのホームランやフェンス直撃の二塁打やシングルヒット(PRB、PRR)の数が多いことがまず大事だからです。"Physical Review"の冠がついた論文はアメリカ物理学会(APS)が発行していますが、これらは最も伝統と権威のある物理系専門誌グループの一つです。実際、単なるヒットと呼ぶには失礼なくらい、歴史的に重要な論文も数多く出版されています[4]。アメリカ物理学会の学術誌ですので英語を操る世界中の研究者が読者になります。

榊原の中でPRBと双璧を成すメジャーな投稿先は、

Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ)

です。編集部が国内にある論文誌ですが、国際的に開かれた物理的論議[5]のために英語で出版されています。過去の日本人研究者のレベルの高さを反映するかのように、数多くの重要論文が出版されています。編集部とのやり取りが日本語で済むことや、出版費用のやり取りが簡単であるというメリットがあります[6]。多くの国際誌の場合、悲観的な予測では初投稿から出版まで6ヶ月以上かかることもザラですが、JPSJは編集部の尽力により短い期間で済むことも多いので、ややせっかちな榊原はJPSJも好きです。JPSJの査読者の審美眼は高く、一人ひとりの採択基準は決して低くないですが、1論文あたり査読者は大抵1人なので、普通に3人くらいの査読者を要求するPRBなどに比べたら採択されやすい傾向にあると思います[7]。PRBよりは「少しだけ楽(そこまで楽でもない;クリーンヒットとコースヒットくらいの違いでしかない)」ということから「今この瞬間は研究価値を他人に説得しにくいが、将来的には価値が出そうな、挑戦的な論文」をJPSJに回すことが多いです。学生さんとの共同研究などもJPSJへの投稿を第一候補に考えます。学生さんご本人が筆頭著者だと最高なのですが、現実にはそれほどの研究を行うのは簡単ではないですから、数人の成果をまとめて一つの論文にして、それが最終的に出版できれば十分と言えるでしょう(誰を筆頭にするか?は問題ですが)。

【2025/5/12 追記】

最近

Physical Review Materials (PRM)

という雑誌のインパクトファクターがPRBに肉薄している[8]ので、今後はこちら「アツい」選択肢かもしれません。上記に加え、

Japanese Journal of Applied Physics (JJAP)

への投稿も増やしていきたいと考えています。近年、応用物理学会にも参加&講演しており、「応用を見据えた理論」にも研究の幅を広げつつあるので、成果の新しいアピールの場になると期待しています。

【引用】
[1]  次節の「投稿先について、具体的な振り分け方」を参照。

[2] 総合誌と専門誌の違いについては、次次節「更に社会的インパクトの高い雑誌と掲載に向けた戦略」を参照。

[3] PRXは2011年に刊行されたオンラインジャーナルであり、伝統的な雑誌ではありませんが、PRLよりもインパクトファクターは高い傾向にあります。当時M2の学生だった榊原は、生意気盛りだったこともあり、正直眼中になかったですが、今思えば(競争が激化する前に)出しておけばよかったですね。逆に、最近インパクトファクターの差が小さくなってきたようにも感じます。

[4] 私のコアな専門性ではこれとか引用数がヤバいです。他にこれなども引用数がかなり高いと言えます。

[5] 本来は物理系全般をカバーする専門誌の「はず」ですが、頭数の上では物性分野からの出版が多いとされています。

[6] 著者側が「公開料」を払い,論文をオープンアクセス(無料閲覧)にすることが多いです。榊原もしばしオープンアクセスを選択しますが,海外送金は所属大学の事務体制や「財源の種類」によっては困難を生じる場合があります。

[7] 榊原は博士課程3年生の頃からPRB,PRLの査読者を担当しており,以来ほぼ毎月のように査読依頼が来ます.物理学の場合「査読者は必ずしも分野の重鎮や権威ではない」「査読者だからといって立場上偉いわけでもない」ということです学生を当たり前のように駆り出すくらいですからAPS系は雑誌全体としても,明らかに査読過多ではないか?と内心思っています他にはPhysicaなどのElsevier系の論文や、Europhysics Lettersなどの査読を任される事がありました

[8] 2025年調べではPRB 3.2に対し PRM 3.1。一方、PRRは3.5なので、高い出版料を考えると、もはやPRRはbetterな選択肢ではないかもしれません。

投稿先について、具体的な振り分け方法(独自)

以下は独自の実践的基準ですが、成果の大きさについて、まずは以下のように大雑把に振り分けます。一流誌に載せるかの一つの大きな境目は、物理分野全体の興味を引けるかどうかです大雑把な振り分けの後、業界の情勢に対する適応性や、予算獲得などを念頭においた政治的な意図などに基づき、調整を加えていきます。自分で実験をしない研究者(理論系研究者)による論文の基準であることを前提としています。

PRL以上: 注目度の高い実験結果について、物理学上の一般的な観点に立脚した、極めて合理的な説明を提供できる。物理学一般に波及しうる革新的なアイディア発見を提示している。物理的予言を示した論文の場合、極めて実現可能性が高く、且つ実現した場合に多大なインパクトをもたらすアイディアを示している。革新的な計算技術を用いた最新の知見を示している。など

PRBなど:物理学上特に重要実験結果について、合理的な説明を提供できる。物理的予言を示した論文の場合、実現性可能性あり、信頼性が極めて高いアイディアを示している。新しい計算技術を用いた結果を示している。など

JPSJなど:特定の実験結果について、合理的な説明を提供できる。物理的予言を示した論文の場合、実現可能性があるアイディアを示している。新しい計算技術を用いた結果を示している。など

更に社会的インパクトの高い雑誌と掲載に向けた戦略

榊原が筆頭著者(あるいは責任著者)の理論論文はPRL、PRXまでが最高水準です。これらはいわゆる物理の「専門誌」です。掲載難易度で比べた場合、それらの上位に「総合誌」であるNature、Scienceが位置します。特に実験系物理学者との共著でなら、発見のインパクトが非常に大きい場合もあるので、総合誌でも掲載のチャンスがあるかもしれません。Scienceはアメリカの雑誌ですが、Natureはイギリスの雑誌です。あくまで願望ですが、Natureに乗せたいネタは、(常温までいかなくとも)高温超伝導材料の予言です。この場合、実験家とのコラボによる実証の有無が採否を大きく分けるはずです。

業界の偏りについて

榊原の近年の複数主著はニッケル酸化物に偏っています。当研究室を志望する学生さんなどに雰囲気が伝わることを願って、この分野の情勢について言及します。以下のリストは自著ではありませんが、ここ数年で出版されたニッケル酸化物超伝導関連の6本のNature論文を示しています(全て実験の論文)。物理系の話題にしてはかなり多い(ハイペースな出版状況である)と言え、ニッケル酸化物が熱い分野になっていることの証拠だと受け止めています。逆に言えば、分野の流行り廃りというものは必ず存在するということです。かつての鉄系超伝導体も流行っていた記憶がありますし、伝え聞く銅酸化物高温超伝導体は断然とすごかったでしょうね。
D. Li et al., Nature 572, 624 (2019). いわゆる無限層構造の薄膜
H. Sun et al., Nature 621, 493 (2023). いわゆるルドルスデンポッパー構造の2層系
Y. Zhu et al., Nature 631, 531 (2024). 同、3層系
N. Wang et al., Nature 634, 579 (2024). 2層系(Pr置換)
E. K. Ko et al., Nature 638, 935 (2025). ルドルスデンポッパー構造の薄膜
S. L. E. Chow, Z. Luo, and A. Ariando, Nature (2025). いわゆる無限層構造の薄膜

インパクトファクターの確認方法とその意義

例えば、PRBの場合は公式サイトで"About"と書かれた部分を見ると、最新のインパクトファクターを確認することができます。
https://journals.aps.org/prb/about
もちろん、インパクトファクターがジャーナルの質を担保しているわけでは全くないですが、「研究の質」というのはそもそも客観的指標を設定しにくいため、不完全な指標でも妥協して用いられることが多いです(そこを十分理解している人同士で論ずる分には、まだ良いのです)。特にインパクトファクターという指標は知名度が高いので、研究者以外の方や、分野が少し外れた研究者に、表面的にせよ価値を提示する目的には有用な場合もあります。
インパクトファクターの定義は、その雑誌に掲載されたジャーナル全体が平均どれくらい引用されているか、という指標です。一方、個別の引用件数はgoogle scholar citationなどを見ると概数が把握できます。これは榊原の例です。インパクトファクターよりは個別の引用件数の方が、「研究の質」を反映している可能性は高いと思いますが、批判的な文脈による引用の可能性などを勘案すると、そこまで単純でもないようです。